はじめに
今回は、ヴィクトール・E・フランクルの夜と霧を紹介する。
心理学者の著者がナチスの強制収容所での体験を心理学的な視点から記録した名作である。
心が元気なときに読むと生々しい描写に圧倒され、苦しくて読むのをやめてしまった。しかし、仕事が苦しいときに再読したら、この本は全く違う表情を見せてくれた。
心に残った文章
わたしは知り、学んだのだ。愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく、愛する妻の精神的な存在、つまり(哲学者のいう)「本質」に深くかかわっている、ということを。愛する妻の「現存」、わたしとともにあること、肉体が存在すること、生きてあることは、まったく問題の外なのだ。
この一節は、フランクルが強制収容所でつらい状況に置かれたときに考えたことである。たとえ物理的にすべてを奪われても、心のなかに大切な誰かや守りたい記憶がある限り、人は自分を保ち続けられる。
転用すると、自分が仕事が辛いときに自分の存在を否定されたように感じることがある。
しかし、フランクルが言うように、私たちの内面の世界は自由である。自分の大切な人や大切にしたい関係を思い出すことが、今日を生きる糧になる。
主体性をもった人間であるという感覚の喪失は、強制収容所の人間は徹頭徹尾、監視兵の気まぐれの対象だと身をもって知るためだけでなく、自分は運命のたわむれの対象なのだと思い知ることによっても引き起こされた。
フランクルが収容所で分析した「運命のたわむれの対象」という感覚と、現代のオフィスの「上司の機嫌1つで自分の1日が決まってしまう」という現実があまりに酷使していると感じた。レベルは全く違うが、自分も同じ。上司の気まぐれの対象だと。
私たちが仕事で「死にたい」「逃げ出したい」と思う時、本当に耐え難いのは業務量ではない。自分の尊厳が、上司の気まぐれや他人の感情という偶然に委ねられ、自分が「主体」から、ただの「対象(モノ)」に成り下がることだ。
自分の尊厳を保つためには、相手の感情の放出に付き合う必要はない。
人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない
上司に怒鳴られた時、理不尽な要求をされている時、私たちは無力な存在になったように感じる。しかし、フランクルは言う。相手はあなたの環境を変えることはできても、あなたの心まで支配することはできない、と。
「辛く、厳しい環境で、自分はどんな人間でありたいか?」
その問いに対する答えだけは、誰にも邪魔できない、自分だけの聖域。私たちは、どんな場所でも、自分自身であるという最後の自由を持っていることに気付かされた。
行動的に生きることや安逸に生きることだけに意味があるのではない。そうではない。およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。
現代社会では、「生産性」「成果」「評価」といった言葉がまるで人間の価値そのものであるかのように語られる。だからこそ、仕事で行き詰まり、何も達成できていないと感じる時、私たちは自分の存在そのものを否定してしまうような恐怖を覚える。
でも、それは違う。違うと信じたい。何も達成できない生でも、苦しむしかない生にも、人間として存在する価値はある、意味があると信じたい。
何もできない今の自分も、この苦悩を通じて、人間としての深みを刻んでいるんだと。そう思うことで、自分はまた明日、生きていく勇気をもらえるのだ。
ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きるこことからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。
人生が自分に何を期待しているか。
例えば、仕事が辛くて耐え難い時。
自分が耐えている姿を見て、勇気をもらう人がいるかもしれない。
その苦しみを経験したからこそ、救える誰かがいるかもしれない。
天国や心のなかから自分を見守る大切な人が自分を投げ出さずに生きる振る舞いを期待しているかもしれない。
どれだけつらい状況でも、自分を投げ出さずに、自分の矜持や振る舞いだけは自分で決められるのだから。自分で意味を選び取って、今の状況でどういう人間で生きるのか?とフランクルには問われているような気がする。
最後に
今回はヴィクトール・E・フランクルの夜と霧を紹介した。
1900年代前半の強制収容所生活と2000年代前半の現代社会。レベルは全く違うけれど、フランクルの感性、哲学に共感できるところは多くあった。特に自分に絶望したときはまた読み返したいと思う。

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