はじめに
年末年始にかけて、さとうみつろうさんの、悪魔とのおしゃべりを読んだ。
前作の神さまとのおしゃべりが自分にとって衝撃的で、久しぶりにさとうみつろうさんの書籍を読みたいなと思ったのがきっかけ。
内容は、さとうみつろうさんと、悪魔との対話形式で、正しさを疑えというところから、独自的な世界の見方や考え方で、最終的には幸せについて考えていく本。ただ、前作同様、スピリチュアルな箇所もあるので、読む人を選ぶと思う。
こんな人におすすめ
・幸せについて従来とは違う価値観や観点から考えたい人
・従来の自己啓発本に飽き飽きしている人
今回は本書から、自分の胸に響いた箇所を抜粋して紹介する。
正しさを疑え
世の中で言われる「正しさ」とは、実は「過去の誰かが決めたルール」に過ぎない。 「正しいこと(善)」に執着すると、そこから外れた自分や他人を攻撃するようになる。悪魔は言う。「正しさなんて、人それぞれ違うただの思い込みだ。そんなものに縛られて不自由になるくらいなら、自分の『心地よさ』を優先しろ」と。
ところで、その正しさって、誰が決めた?
正社員として働くのが正しい?ー安定的に税収を確保したい国の思惑ではないか?
毎日残業して会社に貢献するのが正しい?ー儲けたい経営者の思惑ではないか?
結婚して子供を作るのが正しい?勉強していい大学に入るのが正しい?
という風に、世界には一般的に正しいとされていることが多いけど、
そのせいで生きづらくなっているなら、その正しさ自体を疑ってみるのはどうか?
アクションプラン:このせいで生きづらいなと思う「正しさ」について、疑ってみる
理解できるアドバイスなど、聞く必要がない。
僕たちが「なるほど、理解できる」と思うアドバイスは、すでに自分の知識の範囲内にあるもの。 つまり、理解できるアドバイスに従っても、今の自分の延長線上の未来しか手に入らない。 本当に人生を変えたいなら、今の自分には到底理解できない、耳の痛い話や「ありえない」と感じる助言にこそ、現状を打破する鍵がある。
例えば、自分がある程度理解できていることついて書かれた本を読んで学びを深めるのもいいけど、新たな学びはほとんどない。逆に、自分が理解できないことが書かれている本こそ、学びのチャンス。自分の知らない世界を広げてくれる。
アクションプラン:自分が全く興味ない本や、理解できない本を読んでみる
人が怒るのは、相手に期待しているから。
「怒り」の正体は、相手への憎しみではなく「私の期待通りに動いてほしい」という甘えやコントロール欲。 「普通はこうするべきだ」という勝手な期待を相手に押し付けているから、それが裏切られた時に怒りが湧く。相手を「自分の思い通りに動く道具」として見ていることに気づけば、怒りの無意味さが見えてくる。
自分が怒るのは、相手が悪いのではなく、自分が「勝手に」相手に期待したから。自分が悪い。例えば、日本を観光している外国人に、「どうしてサムライの恰好をしていないの?ここ日本なのに!」と言われるようなもの。相手が勝手に期待している。そしてその期待を裏切られたとして怒る。
つまり、他者への期待をやめれば、怒りは消える。
アクションプラン:怒りが込み上げてきたら、「これは自分が勝手に期待して、勝手に失望しただけ。自分が悪い。」と自分に言い聞かす。
何かを願うと、それは叶わない。
例えば、「宝くじが当たりますように」と願うのは、深層心理で「今は当たっていない(欠乏している)」と強く認めていることになる。 宇宙(世界)は、僕たちの言葉ではなく「今の状態」を鏡のように映し出す。「願う=自分は持っていないという欠乏感を強化する」行為。
よく、「幸せになりたい」「お金持ちになりたい」と願うことがある。
だけど、その願い方では、叶わない。
なぜかというと、「幸せになりたい!」と願うと、「今、幸せではない現実」が用意されるから。
逆に、達成している人は、願わない。
例えば、お肉を食べて満腹な人は、「お肉食べたい!」と願わない。
お金を十分に持っている人は、「お金が欲しい!」と願わない。
本当に叶えたいなら、「すでにそうなっている」という前提で生きることが重要。
つまり、「〇〇になりたい!」と願うのではなく、「もう既に〇〇だ!」と感じることが大切。
アクションプラン:既に自分は幸せだと思う
幸せが成立するためには、不幸が必ず必要
この本を読んで、一番の気付きだった。
この世界は「二極(相対性)」で成り立っている。「高い」があるから「低い」がわかり、「光」があるから「影」が見える。 それと同じで、「不幸(コントラスト)」を経験しなければ、人は「幸せ」を認識することさえできない。 不幸は幸せをより輝かせるための背景であり、セットで存在しているもの。不幸を排除しようとするのではなく、それがあるからこそ幸せを感じられるという仕組みを受け入れるのが、悪魔流の幸福論。
「毎日が幸せだったら、それは幸せと呼べるのだろうか?相対性の世界で、毎日が幸せだったら、幸せを「幸せ」として認識できるだろうか?」
幸せを感じられるのは不幸を知っているから。
苦しい時、辛いとき、悲しい時(=不幸な時)はどうしたらいいか?
苦しいときは、苦しさをしっかり味わう。辛いときは辛さをしっかりと味わう。悲しいときは悲しさをしっかりと味わう。
そうすると、幸せなときにしっかりと幸せを感じることができるのだから。
アクションプラン:上司に怒られるときなど、辛さ(=不幸)も甘んじて受け入れる。逃げずに辛さをしっかり味わう。
(その分、幸せなときに幸せを感じやすくなる、、のか?)
まとめ
今回は、さとうみつろうさんの「悪魔とのおしゃべり」について、自分の胸に響いた箇所を抜粋して紹介した。単独で読んでも大丈夫だけど、先に「神さまとのおしゃべり」を読んだほうが理解が深まるかもしれない。自分も神さまとのおしゃべりを読み返そうと思う。
正しさを捨てて、もっと自由に生きていいんだと思わせてくれる一冊。

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